分子生物学研究部
研究の概要
個体の発生は細胞増殖と緻密に制御された細胞運命決定を繰り返して機能的形態を作り上げていきます。個体発生が完了した後も組織や器官内では傷ついたり老化したりした細胞は取り除かれ、新たな細胞が供給されることで量的な平衡状態が維持されています。この新たな細胞の供給源として、幹細胞が様々な組織内で見つかっています。分子生物学研究部では、骨・軟骨、脂肪、筋肉、血管、肝臓組織などに分化できる間葉系幹細胞の細胞運命決定メカニズムと、間葉系幹細胞がその起源細胞の一つと推測される肉腫の性状と高い転移能の分子メカニズムの明らかにしようと考えています。そこから得られた分子生物学的原則を応用して、転移を抑制する薬剤の開発や治療エビデンスの向上を目指します。
発生生物学的テーマ
Taspase1に関する研究
個MLL融合遺伝子は白血病の原因の一つとして知られています。Taspase1は正常なMLL1,2を生理的条件下で切断するユニークな酵素として同定され、その後、基本転写因子TFIIAもTaspase1の基質となることが分かりました。Taspase1 KOマウスは様々な表現型を示し、頭蓋顔面部形成や精子形成にはTaspase1によるTFIIAの切断が必要なことがわかりました(図1)。この背景にあるのが、TFIIAとTBP, TBP2(TRF3), TLF(TRF2)との結合親和性やTFIIA自身の蛋白質安定性であると考えられます(図2)。Taspase1研究ではこれらの分子基盤と、Taspase1-TFIIA軸が関与する組織の細胞運命のメカニズムを解明することを目指します。
【図1】
【図2】
間葉系幹細胞分化制御に関する研究
間葉系幹細胞は骨・軟骨、脂肪、筋肉、腱、肝臓組織などへの分化能を持っており、in vitroでは培地にシグナル分子を添加したり特定の条件下に置いたりすることで特定の系譜に分化誘導することができます(図3)。発生過程ではそれぞれの組織に分化していく過程で鍵となる転写因子(群)が活性化しています。これらの転写因子(群)はヒストンアセチル化・脱アセチル化などのエピジェネティックな調節を受けて包括的な制御をされており、HDAC(Histone deacetylase)などの酵素がその制御を担っています。例えば、軟骨の分化過程ではHDAC4がRunx2やMEF2Cの発現や機能を抑制することで内軟骨性骨化の際の軟骨肥大化を抑制していることが知られており、SIK3がこのHDAC4の作用を解除することが明らかにされています(図4)。間葉系幹細胞分化制御の研究では、間葉系幹細胞の細胞運命決定の分子メカニズムを解明することを目指します。p>
【図3】
【図4】
分子腫瘍学的テーマ
骨軟部腫瘍の転移能に関する研究
肉腫は骨、軟骨、筋組織などの結合組織に発生する悪性腫瘍で、全腫瘍症例に占める割合は1%以下ですが、若年齢層に限れば20%程度を占めています。肉腫(Sarcoma)は上皮系腫瘍(Carcinoma)と比べて非常に多くの類型が知られており、骨軟部腫瘍では骨肉腫、ユーイング肉腫、ユーイング様肉腫、滑膜肉腫などがあり、転移しやすい特徴が知られています。骨軟部腫瘍の転移では主に肺、肝臓、脳などへの遠隔臓器指向性が知られており(図5)、これらの臓器への転移は患者予後を大きく悪化させます。骨軟部腫瘍細胞は、転移を成立させるために高い細胞運動能、アノイキス耐性、免疫監視回避、アポトーシス耐性、脈管外遊走などの性質を獲得しています。間葉系幹細胞は幾つかの骨軟部腫瘍の起源細胞と目されており(図3)、発生過程でダイナミックに遊走する神経堤細胞との関連に注目が集まっています。骨軟部腫瘍の転移能の研究では、神経堤細胞の特性と比較しながら、骨肉腫や滑膜肉腫の転移能を調節する因子の探索や分子メカニズムを解明することを目指し、転移抑制のための新規治療法開発に繋げていきたいと考えています。
【図5】