研究活動

メディカル感染システム研究部

研究概要

生命システムがウイルス性あるいは非ウイルス性の高度の侵襲を受けると、個人で異なる多階層のマルチオミクスのネットワークが形成され、多彩な表現型が発現する(図1)。ここには、侵襲前から存在している免疫学的ランドスケープの多様性を背景に、遺伝的因子、非遺伝的因子(環境要因と関連した後天的エピゲノム修飾等)、生活の変容を含む心理的・社会的因子が関わっている。インフルエンザウイルスやSARS-CoV2等のウイルス感染、あるいは敗血症、胃液の誤嚥、外科手術等の非ウイルス性の侵襲がトリガーとなって、軽症からICUにおいて人工呼吸やECMO等の集中治療が必要なほどに重症なものまで、個人で異なる急性病態が形成される。一方、急性期の症状が回復した後も、運動機能障害、うつ、認知障害で特徴づけられる集中治療後症候群 Post ICU syndrome (PICS)、いわゆる“高度侵襲によるフレイル”が惹起される。とりわけ高齢者では、PICSによって、比較的短期間で“前フレイル”状態から“フレイル”状態に非可逆的に遷移し、要介護リスクが高くなることが、社会問題となっている(図2)。

我々は、これまで、急性期に関してSARS-CoVやSARS-CoV2の受容体ACE2の役割(Nature 2005, Nature Med 2005, Nature Comm 2021)、TLR4-IL6 axisの活性化と致死的病態形成(Cell 2008)、新規脂質メディエーターProtectin D1によるRNA輸送制御 (Cell 2013)、免疫系と神経系のクロストーク(Nature Microbiology 2018)、ウイルス感染によるクロマチンの構造変化(iScience 2021)を明らかにしてきた。COVID-19発生後は、データシェアリングを促すために、COVID-19患者の診療情報ならびに検体情報を格納したクラウド型データベースを構築し、データ提供するとともに、これらの医療ビッグデータを用いてCOVID-19の急性期の重症化を予測するAIモデルを構築した(人工呼吸, 2023)。さらに、徳洲会医療データベースを活用して12万人規模のCOVID-19患者を対象にLong COVIDの調査研究を行い、高齢者でフレイルの発症が増加し、介護レベルが上がることを報告した。

現在、これらを発展させて、分子レベルでの基礎的解析と医療ビッグデータや臨床検体由来のオミクスデータを活用した臨床研究を双方向性に連動させて、以下の研究を行っている。

1) 引き続き、ICUに入院して人工呼吸を必要とするウイルス性(インフルエンザウイルス、SARS-CoV2等)、非ウイルス性(敗血症、ARDS)の疾患を対象に、時系列の診療情報、気道マイクロバイオーム情報、オミクス情報 (Hi-C、ATAC-seq、RNS-seq、Ribo-seq等)、画像情報、バイタルデータ等を収集・生成する。これを用いて、急性期の重症化ならびに長期の後遺症 (PICS)に焦点を当てて、個人で異なる病態が形成されるメカニズムを解明し、その結果を基に、個人に最適化な予防医療の確立を目指す(図3)。

2) これまでに、宿主細胞に蓄積された様々な後天的エピゲノム修飾状が、クロマチン制御を介して、重症化や後遺症につながる表現型の変化を引き起こすことを示してきた (iScience 2021)。これを基に、現在、ヒストンユビキチン化・ヒストンメチル化修飾、染色体高次構造変化に焦点を当てて、病態形成に関わるエピジェネティクス制御メカニズムを解析している。

3)上述の集中治療後症候群 Post ICU syndrome (PICS)に関して、早期発見・早期介 入によって要介護のリスクを軽減させるために、共同研究者と連携して、入院中から退院後まで継続的な利用を可能とするフレイル推定AI、認知症・うつ可視化AI等のシステムの開発に着手している。

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