疾患機能ゲノミクス研究部
疾患機能ゲノミクス研究部では、病気の発症や進行に関わる遺伝子の機能を、分子から細胞・個体レベルまで統合的に解明することを目的としています。具体的には、cDNAライブラリーを用いた機能獲得型解析や、CRISPR sgRNAライブラリーによるゲノムワイドな網羅的遺伝子改変を組み合わせた機能ゲノミクス的アプローチを中心としたスクリーニング手法を用いて、分子病態の理解と新規治療戦略の創出につなげます。特に、細胞膜脂質の動態制御が神経回路機能や細胞ストレス応答に与える影響に着目し、その破綻が発達障害や加齢関連疾患の病態形成にどのように関与するのかを統合的に解析します。さらに、得られた知見を基盤として、基礎医学研究と臨床応用をつなぐ研究の発展を目指しています。
1 スクランブラーゼの活性制御機構と生体機能
細胞膜脂質の動態は、アポトーシスや細胞分化、疾患の発症など、さまざまな生命現象に深く関わっています。本研究部では、これらの細胞膜脂質がどのように動き、どのように制御されているのかに着目し、機能ゲノミクス的手法を用いてその仕組みを明らかにすることを目指しています。
本研究部では、CRISPRライブラリーを用いたリバイバルスクリーニング(図1)という独自の解析手法を開発し、これまでにアポトーシス時に活性化するスクランブラーゼXkr4の活性化因子としてXRCC4を同定しました。さらに、cDNAライブラリースクリーニングにより、スクランブラーゼXkr4の恒常的活性化型変異体を見いだし、細胞膜脂質動態の厳密な制御機構を明らかにしました(Maruoka et al., 2021, Molecular Cell)。また、Xkr4の活性化には細胞外カルシウムが必要であることを示し、スクランブラーゼの働きが細胞外環境と連動して調節されていることを明らかにしました(Zhang and Maruoka et al., 2023, Nature Communications)。これらの成果は、細胞膜脂質動態が静的なものではなく、細胞内分子相互作用や環境要因に応じて動的に制御される現象であることを示しています。現在本研究部では、これらの知見を基盤として、Xkr4を中心とした脂質動態制御機構が、生体内でどのような生理機能や疾患の発症に関与しているのかを解明する研究を進めています。
2 ゲノムワイドスクリーニングを基盤とした研究
リバイバルスクリーニングは、生存しにくい細胞や数が限られた細胞集団に対しても有効な解析手法です。この特徴を活かすことで、新規スクランブラーゼTMEM63Bが同定されました。さらにこの研究では、発達性およびてんかん性脳症で報告されているTMEM63Bの変異が、恒常的に活性化したスクランブラーゼ活性を示すことを明らかにしました。これにより、制御されない脂質スクランブリングが神経疾患の発症に関与する可能性が示されました(Niu and Maruoka et al., 2024, Nature Communications)。また、リバイバルスクリーニングは生体(in vivo)レベルでも応用可能であり、マウスを用いた解析によって、精子形成に必須な遺伝子群の同定にも成功しました。これにより、リバイバルスクリーニングが個体レベルの生命現象の解明にも有効であることが示されています(Noguchi et al., 2024, Cell Genomics)。
本研究部では、今後さらにこの①リバイバルスクリーニング(図1)とcDNAライブラリースクリーニング(図2)を研究基盤として、神経疾患および加齢関連疾患における分子基盤のゲノムレベルでの解明を推進していきます。

図1.リバイバルスクリーニング
ゲノムワイドCRISPR sgRNA ライブラリーを用いて個々の細胞に遺伝子改変を行い、生物学的応答を示す細胞(或いは示さなくなった細胞)をセルソーター等で選抜・回収する。通常のCRISPRスクリーニングではそのまま次世代シーケンスへと進めるが、リバイバルスクリーニングでは回収細胞から sgRNA 領域を増幅してライブラリーを再構築するプロセスを数回繰り返す。これにより、偽陽性を低減し、高精度で候補因子の同定を可能にする。増殖しにくい細胞や死にゆく細胞からでも表現型に基づいて選抜できる点が特徴。

図2.cDNAライブラリースクリーニング
cDNA ライブラリーを用いた発現クローニングは、表現型の差異を手がかりに因果遺伝子を同定する gain-of-function 型の機能ゲノミクス的手法である。特定の表現型を示す細胞 A の遺伝子発現情報を cDNA ライブラリーとして取得し、それを表現型を欠く細胞に 1 遺伝子ずつ導入・発現させることで、表現型の提示に関わる遺伝子の同定を可能にする。

